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2015年1月4日日曜日

MIMURA'S EYE 03


2014年のワールドカップで

ブラジルはドイツに完敗を喫した。

サッカー王国を自負してきたブラジルは、

並みいる代表チーム監督候補から、

個性あふれた烈しいサッカーを目指していた

ドゥンガを選出して再出発を期した。

ドゥンガは「ブラジル選手の優れた個人技を

組織化して活かす」ことを言明した。

ジュビロ磐田時代に、中央部での守備のコンビを

組んだ ESA 遠藤監督の経験からすれば、

ドゥンガの言う守備での組織化の原点は

“連携”に、そして攻撃では“適切で忠実なフォローの

ランニング”の多さに置いていることは

間違いないだろう。

「俺がボールに目一杯スライディングに行っているのに、

なぜ遠藤はそれを活かしてボールを奪おうとしないんだ!」

と怒鳴りながらプレーするドゥンガの姿は

想像にかたくない。

そんな代表チームの姿勢に相応するように、

ブラジルは13歳以下の若手育成にも本格的に着手した。

その育成責任者の言葉として、

「ヨーロッパ諸国は3歩も4歩も先を見ている。

ブラジルは1歩しか見ていない」

「(この年代には)戦術と組織的プレーを教える」

ことをマスコミは伝えている。

熱烈ドゥンガと親交のある ESA 遠藤監督である。

同年代のブラジル代表のユニフォームを着たチームと

ESA の強化ゲームをやることを初夢としたい。

2014年11月9日日曜日

MIMURA'S EYE 02

1959年まで、日本代表チームの監督をされた

竹腰重丸さんから私は多くのことを指導された。

大学生時代、CBとして自分のポジショニングが悪いために

相手のCFにやられたんだと反省していたケースが多く、

竹腰監督にポジショニングについて教えを求めた。

「三村が同じ位置にいても、次の展開をどう予測して

いるかだ。前をねらっているのか、それとも後ろなのか。

CFの真横にポジションしていても、裏へのスルーパスを

読み切れていた時はやられないだろう。ましてや、

その時2対1の厳しい状況にされそうなのか、あるいは

1対1で積極的にボールを奪いに行ける状況では、プレーは

全然違ってくる。その時、どこにポジションしているかと

いうこと以上に、何を狙っているかだと思いなさい」と。

ブラジルでのワールドカップのゲームにおいても、

カウンターアタックでCFへの長い縦パス一本からの

失点が意外なほどあった。

タイミングと精度の高いパス、そしてCFの攻撃能力の

高さだけが生んだ得点とは思えない。

CBのその時の集中力の問題と、

守備の狙いが間違ったと思われる。


外国人の日本代表監督となったハンス・オフトさんが

国立グラウンドで南米選抜チームとのゲームを

一緒に観戦していた時に、私は言われた。

「君がユース年代の選手の育成に携わっているのなら、

17歳、18歳までには

「ゲームの次の局面を描ける選手」に育てて貰いたい」と。

2014年7月2日水曜日

MIMURA'S EYE

ブラジルでのワールドカップの多くのゲームから、

改めてわかっていることだけど、

見せつけられた思いが強いことをいくつか。

1)FWとサイドでプレーする選手は、ボールを失わずに

ボールをキープするドリブルだけではなく、

敵を突破するドリブルでの攻撃をすること。

あるいは相手チームの守備態勢を整わせないような

スピードあるドリブルでの攻め上がりからの展開が

大切なこと。時間をかけてからのサイドからの

クロスではどのチームも得点は難しかった。


2)チームのどのポジションの選手も、攻撃のときも

守備に回るときも局面に応じた良い適切な

ポジショニングをするためのランニング量の多さが

勝負に大きく寄与した。チームとしての攻守の

切り替えのスピードに直結する。



3)システムがどう変わろうが、ボール技術が

どんどん高まろうが、ボールぎわ、特にボールが

敵味方のルーズな状況にあるとき、マイボールとする

強さが大きく勝敗を分けることを感じさせられた。

フィジカルの強さと云うこともあろうが

アルゼンチンのサッカー指導で大事にされている

技術のひとつであろう。

2014年7月1日火曜日

三村恪一さんの連載がスタートします。

遠藤サッカーアカデミーを主催する遠藤雅大が師と仰ぐ、

日本サッカー界のレジェンド、三村恪一さん。

ESAにおいてもアドバイザーとして選手たちに直接

ご指導いただいております。

(三村さんについての詳細はWikipediaをどうぞ)

その三村さんからこのESAブログにご投稿をいただける

ことになりました。題して、MIMURA'S EYE.

日本サッカー黎明期から現在に至るまで、現役の選手と

して、日本代表として、そして監督として日本サッカーを

育ててきた慧眼に映るものを不定期でお届けします。

どうぞよろしくお願いします。

※写真は1955年、日本代表がビルマ遠征をしたときの

ものです。後列向かって右から5人目が三村さんです

(日本サッカーアーカイブより転載いたしました)。